スポーツの職業化 2

彼は、このスポーツを構成する5通りの大きなテーマを規定しています。


身体経験、体験された運動、障害との対峙、パフォーマンスの追求、競争です。


《・・・競争というカテゴリーは、ひとりスポーツにのみ属するものではなく、それだけでスポーツの何たるかを十分に理解するわけにはいかない。


だが、ほかでもないスポーツのうちにこそ、実は競争の本質がもっともよく現われるということは、はっきりと認めなければならない》。


・・・これに対し、プロムは制度的な側面を明確に打ち出してこう言っています。


《スポーツは、体を主体とし、慣習的に限定され、コード化され、規則化された競争行為の組織化されたシステムで・・・


その広く認められた目的は、さまざまなパフォーマンスや成果、演技、身体的表現などを比較して、最上の競争者(チャンピオン)を指名したり、あるいは最上のパフォーマンス(記録)を登録するところにある》。


・・・以上、何通りかの定義を年代順に紹介してきたが、そこには何がしかの進展がみてとれるでしょう。


もとより、新しい概念は徐々に姿を現わしています。


スポーツの職業化

デュマズディエの弟子のジョルジュ・マグナヌは、次のように定義しています。


《(スポーツは)身体的努力を基調とする娯楽活動であり、遊びと同時に労働とも関わり、競合的に営まれ、特定の規約や組織を伴い、さらに職業的な活動へと転位しうるものである》。


・・・ここでは、スポーツの職業化が初めて言挙げされています。


最後に、わたしたちにより近いミシェル・ブエとジャン"マリ・プロムの考えをみてみましょう。


彼らの定義は、いずれものちに事象としてのスポーツが象徴するものとより対応すると思われます。


まず、ブエは言っています。


《スポーツは娯楽の制度化された活動で、根源的な身体の参加と厳密に特殊化された運動構造を伴い、何がしかのパフォーマンスを完遂しようとする基本的な関心をもちつつ・・・


自ら競争様式に働きかけるものである》。

占いやおまじない

神社やお寺にいくと、木の枝にたくさんのおみくじが結ばれ、絵馬堂には「合格祈願『や「家内安全」などとかかれた絵馬が所せましとかけられ、社務所の一角や境内の売店ではいろいろなお守りが売られています。

もっとも、浄土真宗のお寺のように、お札やお守りをださない寺院もあります。

浄土真宗を開いた親鶯というお坊さんは、占いやおまじないは「仏の道に名を借りた邪道」だと、きびしく批判しました。

おみくじは、もともと、神さま仏さまにお願、いして、事の吉凶を占ってもらったくじのことです。

人びとは、古来、判断に迷ったときなどに、紙片や竹に文言をかいてまぜあわせ、そのひとつをぬきとって事の吉凶を判定したのです。

いまでも、金運・恋愛運・旅行運などのコメントは、話の種に、また、白分の生活の反省材料として、けっこう人気を保っているようです。

おみくじを印刷する会社では、それぞれの神社やお寺からの注文に応じて大吉~大凶の割合を決めるのですが、せっかく神社にお参りにきたのに「凶」をだしたのでは申しわけないと、「吉」や「大吉」がでやすくなっているところもあります。

絵馬は、もともと、豊作などの感謝の気持ちをこめて本物の馬を奉納したりした習慣、が変形したものですが、いまでは、祈願、や感謝のために、その年の干支の動物を描いた板などに願い事をかいて奉納しますネ。

年の初めに自分の決意を厳粛な気分で表明する形式としては、興味深い方法です。

お守りは「守札」を袋に入れたもので、この札には神仏の霊がこめられ、それがいわば守護霊となって人を加護するとされているものです。

高校野球の選手が恋人のくれたお守りを身につけて甲子園にいったりする姿はほほえましい感じですが、お守りは、いざというときに日頃の実力を発揮させる「発奮剤」の役目をはたすようです。

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本当の豊かさとは

一見豊かにみえる日本と、不幸のどん底にある難民キャンプの子どもたちをくらべてみるとき、私は、はたして日本の子どもたちが、ほんとうにしあわせなのかどうかを考えさせられてしまいました。


いま、校内暴力、家庭内暴力という名の非行、そして離婚という名の家族の崩壊がいちじるしい日本や欧米諸国をまわるにつけ、この難民たちのキャンプ生活を思いおこすとき・・・


私には、食べ物と家族団らんの食卓が、社会や自然と調和する精神をはぐくむ、重要な要素であると思わざるを得ません。


それゆえ、台所をあずかるひとりひとりのお母さんたちの意識革命、お父さんの文化革命こそが、非行の予防になによりも大きな力を発揮するのです。


難民キャンプの幼な子たちだ、食事をとるまえに、もみじのような小さい手をあわせる姿は、いまも私の脳裏にやきついて離れません。


自分を生かしてくれる「人間」と「食べ物」、そしてそれらをはぐくんでくれる「自然」に、本能的に感謝しているのです。


この気持ちを、親がしっかりと子どもたちに伝えていくことこそが、家庭のしつけの原点ではないでしょうか。

あるキャンプで・・・ 2

でも、この赤ん坊は、しっかりとお兄ちゃんにしがみついたまま、離れようとしません。


おやっと思いましたが、この赤ちゃんばかりではありません。


キャンプの赤ちゃんすべてがそういう仕ぐさをするのです。


戦火の真只中にいると、大人が信じられなくなるのではないか、と思われる方もいるかもしれませんが、そうではありません。


その証拠に、両親には、しっかり抱かれているのです。


私には別の意味でたいへんショックでした。


なぜなら、私が訪ねた私設のべピーホテルまがいの日本の保育園では、ひとりの子どもを抱きあげると、どの子もわれもわれもと、抱っこをせがんでくるからです。


そして、一度抱っこしてあげると、私が帰るまでそばから離れようとしません。


つまり、日本の保育園の子どもたちは、明らかに両親のスキンシップ不足を私に訴えているのです。

あるキャンプで・・・

1983年夏、私は家族とともにカンボジアの難民キャンプを訪れました。


前回(1980年)に来たときとは違って、いくつもあった難民キャンプは、縮小統合されて、残っているのはカオイダンのキャンプひとつでした。


戦火をのがれたカンボジアの難民が、着の身着のままで、タイの国境を越えて、このキャンプにたどりついてから、はや5年の歳月が流れたのです。


今回このキャンプを2度目に訪問する前、私は、周囲を鉄条網に囲まれながら、貧しい食事で5年間も生活を続ければ、キャンプが生き地獄になっているだろう、いや、その生活苦に発狂する人もでているに違いない、と思っていたのですが、私の予想は見事に裏切られてしまいました。


人々の表情は明るく、子どもたちは両親や兄弟の愛情にささえられ、のびやかに育っていたのです。


このキャンプのなかに、ひとりの日本人女性が中心となって、ボランティアで維持されている「希望の家」という保育園があります。


そこを訪ねた私は、5歳くらいのお兄ちゃんに抱っこされた赤ん坊の姿があまりにかわいらしいので、手をのばして、その赤ん坊を抱きかかえようと思いました。

玄米のすすめ

玄米は、含まれる繊維の多さから、腸内細菌叢に有効にはたらく効果においても、そうとうすぐれたものがあります。


とくに、肉や乳製品、油脂を大量に摂取して腸内細菌叢が悪くなれば、汚血が全身をめぐるようになり、体液の酸・アルカリ平衡も酸性側に傾くために、肝臓、腎臓をひどくいためてしまう結果にもつながります。


風邪をひきやすくなる、足腰が冷える、湿疹ができやすい、便秘など、諸々の不調があらわれます。


また腸内細菌叢の悪化は、腸内でできる発ガン物質の量を異常に増加させることになり、ひいてはガン体質になることを意味します。


自然食・・・


つまり玄米を中心とした大豆、海藻、野菜、根菜、種実類を主に肉、魚、卵、乳製品、果物などは少なめにし、調味料は添加物を含まないみそ、しょうゆ、天然ゴマ油、自然塩にして、砂糖をひかえめにし・・・


そして化学調味料をまったくとらない食事を続けていけば、腸内細菌では生まれたての母乳児のようにビフィズス菌が即以上、ウエルシュ菌がほとんどわずかしか存在しない理想的な内部環境をつくることができるのです。


各国の農業交渉提案 4

1.は海外からの輸入が増大している油糧種子(大豆、なたね、ひまわり)、コーングルテンなどの関税を高めるとともに、その代償として域内で過剰が強まりつつある穀物の国境調整措置を引下げることを内容としています。


これら油糧種子などはガット交渉で関税率ゼロにバインドされているうえ、89年12月のパネル裁定によりこれらに対する国内補助金がガット違反とされたという経緯があります。


これをふまえて、穀物の国境保護の削減、飼料原料等の国境調整の強化という形で保護の調整を図ろうというのです。


次に、2.はECの域内不足払い制度を関税に転換しようというものであり、1.と関連しています。


現在ECが不足払い制度をとっている作物としては、油糧種子、えんどう、そら豆、乾燥飼料作物、棉花、羊肉、蚕などがありますが、これらを関税化することによってガット規定との調整を図るとともに、あわせてこれによってアメリカの不足払い制度の解体をもねらいとしています。


最後に、3.は輸入可変課徴金を固定要素と補正要素とに分け、前者については交渉を通じて段階的に引下げますが、後者は国際価格の変動に対応するものとして平準化された水準に据え置くというものです。

各国の農業交渉提案 3

タリフケーションとリバランシングー交渉の焦点一第二次農業提案の発表後、90年に入ると農業交渉は水面下での折衝に移った。


交渉委員会は一時休会としたまま、一方では各国農業提案内容の細部のつき合わせいわゆる明確化作業が行なわれるとともに、他方では1月の5力国農…相会議、2月の主要10力国次官級会議、4月の非公式閣僚会議、5月の四極通商会議など各種の政治レベルの交渉を通じて事態打開への道が模索されてきました。


それらを通じて交渉の今後の焦点として次第に大きく浮び上ってきたのがアメリカのタリフケーション(関税化)とECのリバランシング(保護の再均衡化)の関連いかんという問題です。


ECはアメリカのタリフケーション構想を原則的に拒否しつつも、同時に他面では産品間のリバランシングが実現されるならば、これを考慮することもありうるとしていました。


後者の具体的内容が少しずつはっきりしてきたのです。


ECが関税化交渉に応じうるための前提としてあげているのは、


1.国境保護の再均衡の実現


2.不足払い補助金の関税への転換


3.可変課徴金の固定要素(Exedelement)と補正要素(correctivefactor)への組替え


・・・という三つの条件です。


これら三者がいわばワン・セットとなって、ECのリバランシング構想を形成しているのです。

各国の農業交渉提案 5

図式化していえば、これによって、従来の輸入可変課徴金の機能は国際価格との構造的格差調整分=固定要素、国際価格の変動調整分=補正要素に二分されることになります。


このように概念的に区分したうえで、前者については段階的引下げ(解消ではない)交渉に応じようというのです。


・・・以上のように、ECの提案は基本的には域内における穀物の過剰と飼料作物の不足というアンバランスの是正を図ることを目的としつつも、同時にこれを通じてガット規定との調整、アメリカの農業政策の修正をもねらいとするきわめて複雑な性格のものとなっています。


これらのうち最大の問題点は3.であり、はたしてそれは従来の可変課徴金システムの根本的な変更を意味するのかどうかという点です。


今回の提案によって、ECは従来の可変課徴金システムを放棄し、新しい国境調整システム関税システムに転換することを表明したとみるべきかどうでしょうか。


率直にいって、これについての判断はにわかに下しがたいのです。